2009年7月14日
コロンビア共和国の歴史
キューバ革命の影響を受けて、1961年に進歩のための同盟が発足すると、コロンビアは同盟のモデル国家となったが、社会問題の根本
的解決には至らずゲリラ活動は活発化し、1966年にはコロンビア革命軍 (FARC) が発足した。1968年にメデジン公会議で解放の神学が
誕生した。1970年の選挙でANAPO党から出馬した、朝鮮戦争の英雄ロハスが不正選挙で負けると、学生を中心とした左翼ゲリラ4月19日
運動 (M-19) が生まれた。
1974年「国民戦線」体制終了。通常選挙が執り行われる。1978年に就任した自由党のフリオ・セサル・トゥルバイ・アヤラ大統領は、
戒厳令を布告し、多くの活動家が秘密警察による拉致や拷問を受け、その多くが失踪した。1982年に就任した保守党のベリサリオ・ベ
タンクール・クァルタス大統領はFARCなど左翼ゲリラ勢力と和平を実現し、1985年にはFARCが合法政党である愛国同盟 (UP)を創設し
たが、議員や関係者が次々に暗殺され、1994年には政党資格を喪失した。また85年には左翼ゲリラM-19によるコロンビア最高裁占拠事
件、ネバド・デル・ルイス火山の噴火(死者・行方不明者25000人以上)など災難が相次ぎ、ベタンクール大統領は「社会・経済非常
事態宣言」を発令した。1986年に就任した自由党のビルヒリオ・バルコ大統領により、1989年メデジン・カルテルとの大規模ゲリラ戦
闘「麻薬カルテル戦争」が勃発し、麻薬カルテルの本拠地がメデジンからカリに移った。
1990年、大統領に就任した自由党のセサル・ガビリア・トルヒージョは野党を含む挙国一致内閣を組閣し、1991年に1886年憲法が全面
改正され、施行された。1994年に就任した自由党のエルネスト・サンペール・ピサノ大統領が選挙期間中にカリ・カルテルから選挙資
金を受け取っていたことが発覚し、「ナルコ・ゲート事件」に発展した。議会はサンペールを弾劾する構えを見せ、アメリカ政府もサ
ンペールの入国ビザの発給を拒否するなど外交問題に発展した。1998年に就任した保守党のアンドレス・パストラーナ大統領は、対米
関係重視の政策をとり、翌1999年1月にはFARCとの和平対話を開始するも、2002年初頭のFARCによるテロを受け、和平プロセスを中止
。同夏自由党系の新政党「まずコロンビアを」から就任したアルバロ・ウリベ大統領は治安回復を重点課題とし、2006年5月、ウリベ
は大統領に再選した。
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
大変悲惨な歴史が繰り返されていたのですね。
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